2018年06月30日

「リズと青い鳥」は音へのこだわりが異常!!

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もはや巨匠と言ってもいいような山田尚子監督の最新作「リズと青い鳥」を観ました! これまた名作でした!

先ず、音のこだわりがすごいかったですね。冒頭のSEのブレイクビーツからのスティーブ・ライヒ的なミニマルミュージックへの展開がまず素晴らしい。また楽器を演奏する際の呼吸音や楽器を持つ音、更には指揮をする顧問の先生が演奏前に手を振り上げる一瞬の静寂の中、シャツが擦れる音まで微妙に入れている。演奏中の呼吸音まで聞こえる。ベルトルッチが、MIDIを使っていた坂本龍一に言った「椅子の擦れる音がないじゃないか」というクレームを思い出してしまいました(^^;; 監督が、雑音すらも音楽、ということをわかっている証拠。実際劇中で先生が言う「音楽は楽譜に書ききれない感情などがあり、その行間を読む」というような台詞はまさにそのことを表していると思います。クラシックを扱いながら、楽譜偏重主義に陥っていない。これは素晴らしいことだと思います。

作画の異様な丁寧さにも度肝を抜かれました。後れ毛の描写が非常に細かいのですが、顔のアップのシーンでも実は微妙に揺れてたりします。また、足元のアップでありながら、実は足を何度も組み替えたりしているのも絶妙。足の微妙な動きの描写はその他にも多くあって、人の心が揺れる時、身体はそれを反映するかのように動いていしまうことを思い出させます。

ただ、リズが青い鳥を逃す時に感じる、青い鳥の感情の解釈は僕は少し違いました。青い鳥は大好きなリズの言うことを聞かずにはいられなかった、というだけではないと思います。青い鳥もリズが自分のために言ってくれているのだ、と理解した上で受け入れたのだと、僕は解釈しました。

また、リズが青い鳥を空へ放つ場面はキツネの親がある程度大きくなった子供に対し、ある日いきなり攻撃を仕掛け、別れさせるというのを何となく思い出してしまいました。

愛とは時に身勝手で残酷で、別れとは最上の愛情表現でもある、と教えられたようでした。

とはいえ、この映画で描かれていることは、実は愛とか別れとかエゴとかそういった言葉で表すことができない、なんとも言えない感覚を描きたかったのではないかな、とも思います。そもそも鎧塚さんが傘木さんに抱いている感情が何なのかだって説明するのは難しいと思うんですよね。愛でもなければ恋でもない、友情ですらないのかもしれない。ただ一つ言えることは自分にとって一番大切な人、もっと言ってしまうと、全て、ということだけなのではないでしょうか。

そして物語後半、二人の関係が変化していく時、二人の間にただならぬ緊迫感が漂っていましたねぇ。冒頭の鎧塚さんの足のアップとクライマックスの傘木さんの足のアップは互いの立場が逆転したことを表してると同時に、二人は同じ気持ちであるということをも表している気がします。

あと、個人的に好きだったシーンは、二年生が鎧塚さんに言い放った一言でした。チームのことを第一に考えているからこその一言で、「わたし、嫌われてもいいの!」という覚悟をも感じましたねぇ。その後、二年生が主役二人のパートを吹くシーンがまた良くて、まさに後輩からのメッセージだなぁ、と。先輩が引っ張るだけではに、後輩からの突き上げも強いチームには必要なのだなぁ、と思いました。

そして、高校卒業とは、この作品世界では人生のひとつの終わりと考えられているように思われ、それだけに切なさやカタルシスみたいなものがありました。それは大人の遠近法で作られている点と、そういう大人たちの現在進行形の人生の縮図として作られているからではないか、と思ってしまいます。それもあってか、作品全体にはどこかサウダージめいた雰囲気が常に流れているように感じました。
posted by Rodriguez at 14:52| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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